黄泉国で夫婦喧嘩 4:夫婦の別れと伊邪那美神の呪い

桃の木のおかげで軍勢達は退散しましたが、逃走劇はこれで終わりにはなりませんでした。

最後の最後に、伊邪那美神(いざなみのかみ)が追って来ました。

そのため伊邪那岐神(いざなぎのかみ)は、千人の力でないと動かせないような大きな岩、千引の岩(ちびきのいわ)で黄泉比良坂を塞ぎました。
こうして千引の岩を挟んで、夫婦2柱は向かい合ったのでした。

そこで伊邪那岐神は、離別の言葉である「事戸」(ことど)を言い渡しました。
現代でいえば「離婚しよう」と三行半(みくだりはん)を叩きつけた、といったところですね。
また神様の言葉なのでそれは永遠の効力を持ち、2柱は永久に離別することになります。

それに怒った伊邪那美神が、
「愛しい貴方、貴方がこのようなことをするのであれば、貴方の国の人間一日千人、首を絞めて殺してやる!」
と言い放ちました。

それに対して伊邪那岐神は、
「愛しい貴女、貴女がこのような呪いをかけるのであれば、私は一日千五百の産屋を立てて、人間を誕生させよう。」
と言いました。

神の言葉は、それが放たれた瞬間に効力を持ちます。
こうして毎日千人の人間が死に、千五百人の人間が誕生することになりました。

これは、今も尚効力を持ち続けています。
人に寿命があるのは、この伊邪那美神の呪いによってなのです。
また人は、伊邪那岐神の力によって誕生するのです。

伊邪那美神は千引の岩を超えて現世に来ることは出来ず、黄泉の国で黄泉津大神(よもつおおかみ)になりました。
また、黄泉の国の神となった伊邪那美神には道敷大神(みちしきおおかみ)という別名があります。
「敷」は「及ぶ」という意味があり、道を追いついた大神、という意味です。

この黄泉比良坂を塞いだ千引の岩も、2つ名前があります。
1つは、魔物を道から追い返した神という意味の道反大神(みちがえしおおかみ)です。
もう1つは、塞がっておいでいなる黄泉の国の入り口という意味の、塞坐黄泉戸大神(さやりますよもつとのおおかみ)です。

黄泉比良坂は、出雲国の伊賦夜坂(いぶやさか)と言うところです。
この伊賦夜坂は現存していて、島根県八束郡東出雲町にあります。

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