三貴子出現 3:禊より出現する陸路の神々 後編

陸路に関わる神の続きです。

袋から出現した時量師神(ときはからしのかみ)は、解き放つことの神です。
袋とは、正しくは「嚢」と表記されます。

現代のよくあるような口が開きっぱなしのバッグではなく、口を紐で縛った巾着状のものを指します。
紐を解いて口を開くところから、解放を意味する言葉となったのでしょう。
また、時間を司る神様ともいわれています。

以前にもお伝えした通り、日本の神様は事が起こる前に事そのものが神格化され、神様が出現した後で事が成される、ということがよくあります。
禊祓によって穢れから解き放たれるため、先に解放の神様が出現したのでしょう。

和豆良比能宇斯能神(わずらいのうしのかみ)は、苦労する大人の神様です。
このように言うと、現代のビジネスマンのような神を想像されるかもしれません。

和豆良比は「患ひ」(わずらい)を差しているとされていますが、現代語では「煩い」のことです。
現代の字であてはめて書くと「煩い主の神」となります。

苦労や困難や苦悩が、これにあたります。
心に宿した苦しみも禊祓によって解き放たれ、そのため苦しみについての神様が出現したのです。

道俣神(みちまたのかみ)は、分かれ道の神様です。
袴から出現したので、その形から「道の股」となり「道俣」と名付けられたのでしょう。

飽咋之宇斯能神(あきぐいのうしのかみ)は、飽きるほど食べる大人の神様です。
穢れを大口開けて食らう神ともいわれています。

道祖神の前に置かれたお供え物は、鳥や獣たちによって食べられてしまうことが多いです。
そこから、このような神様の出現に繋がったのでしょう。

ここまで出現した6柱は、陸路に関わる神様です。

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